修復

歳月の重みを残すか、アーティストの意図をはっきり出すのか、ってのは例のシスティナ礼拝堂の修復以来、一般の興味の対象となっている様子。

個人的にはアーティストの意図をはっきり出す修復が好きだ。科学のチカラで可能になったのだから、ぜひともやってほしい。ミケランジェロが掘り出したダビデを、できるだけ当時に近い状態で見たい。

ただ、歳月の重みを消したくない、ありがたみが減ったってのもまたよく分かる話で。実際のところン百年前のアーティストが想定していた鑑賞者と同じ精神状態で鑑賞することなんかできないから、二度と再現されない歴史の爪痕を残しておけってのもまぁ、わからんではない。

いずれもアートを楽しむ方法として否定することなんかできないのだが、どちらかしか選べないのならば、なるようになればいい。

元に戻すのもまた、一つの歴史が残した爪痕ということになるのかもしれないが。

おまいが

金欠生活でいつ「見る」というのだ(泣

いいんです、写真でも。

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