俺は6月卒業組ですらない訳だが……

大統領並みの政策立案を行う最近の宰相を直接選挙で選べないのは理不尽だな。

社会奉仕義務→ボランティアという不愉快な言い換え

安倍晋三官房長官は30日、首相に就任した場合に政権公約の柱として掲げる「教育再生」の一環として、国公立大学の入学時期を現在の4月から9月に変更し、高校卒業から大学入学までの間にボランティア活動に携わることを義務付ける教育改革案の検討を始めた。

国公立大を9月入学に 「安倍政権」で検討 [CHUNICHI WEB PRESS

国立大学入学のために認められる「ボランティア活動」を行っている団体を認定するための団体、大量の予備学生を社会奉仕させる団体、現在活動している社会奉仕団体の免許化などのたくさんの天下り先を確保するための施策なのだろうが、社会奉仕を事実上義務化することは従来自由意志で行われてきた国策への強制的な参加を意図したものではないだろうか、なんて勘ぐられても不思議はないね。

災害活動時に自衛隊の監督下でボランティア活動をするところあたりから始めるつもりですか?

3学期性の導入で入学時期の変更は不要

若者の社会貢献を促すとともに、入学時期を欧米と同様に9月として学生が留学したり、留学生が国公立大学に入復学しやすい環境を整備する狙いがある。

国公立大を9月入学に 「安倍政権」で検討 [CHUNICHI WEB PRESS

私は3学期制で4月入学のほかに留学生向けの9月入学、3月と6月卒業の制度がある大学の出身(中退だが)だが、帰国子女を含め多数の留学生が入学し、また、多数の日本人学生が海外に留学していた。前期後期制度では期の途中で留学しなければならなくなるが、3学期制なら3月卒業→9月入学、6月修了→9月入学のいずれかで留学できるし受け入れもできる。怪しげな「ボランティア制度」を楯に国立大学を9月入学にする必要はない。

日本への留学や日本からの留学が面倒なのは、単位のトランスファーが不自由な制度や、諸外国で認められるマトモなFoundationの授業を受けていないために、留学先でもう一度Foundationを履修しなければならないことだ。

いずれにせよ

馬鹿げた施策だ。

追記

心情的には、明治/大正/昭和初期のように高度な教育を受けた精神性の高い学生を排出したい、ってところなのではないだろうか。精神性の部分はともかくとして高度教育を受けた学生が社会に出てくるのは私も歓迎するところである。

ジャストアイディアなんで、まぁ、突っ込みどころ満載ですが、いっそ旧制高校のようなプレップ・スクールを国立大学に導入してはどうだ?

2年間の学業準備期間を設け、それぞれの分野で教育を受けられる程度の教養教育(当然、英語やドイツ語などの分野ごとに必要な語学力、原文でペーパーを読み下したり記したりも含めるわけだよ)を施し、厳しい試験に合格しない生徒は大学入試を受けられないようにしちゃえばいいんでないのか?対外的にはFoundationの履修が修了した、ということで国内外の大学の選択も広げることができるんじゃないかな。8割近くの「大学」はプレップ・スクールになっちゃうだろうけど、それでいいんじゃないかと。

2件のコメント

  1. 日本に真のボランティアが少ないのは、こういった言葉の誤用にも問題があるのかもしれませんねえ。ボランティアはすすんでするものであって、させられるものではないのだけれども。
    「ダイエット」という言葉の誤用も、もはや「ら抜き言葉」同様
    認知されてしまいましたが、こういう言葉の誤用にナーバスになる
    ところがぼくにはあるので、今回のエントリでも、そこばかりに
    目がいってしまいました。
    あいかわらず、木を見て森を見ない性格でありますm(_ _)m

  2. ご無沙汰してます、でいいのかな?>wakky1さま。
    言葉は変わってゆくものですから、致し方ない部分があると考えます。私の地方には「(する)らむ=……だろう」や「(する)まい=……しなければならない」などの古い日本語が多数方言として残っていますが、それを普通にしゃべってもまともに理解していただけるとは思えません。今私たちが使っている言葉の多くは明治期に発明された言い回しが多数ありますし(ですます言葉なんて典型的です)。
    ただ、言い換えは卑怯であると考えます。

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