Twitter、もう新たな体験は要らないのか?


Twitterの様々な機能はユーザーと、それにも増して熱狂的なサードパーティクライアントを開発してきた開発者によって創り出され、そして、Twitterはそれらを取り込んできた。

「@」や「>」で返信をする行動が流行ったのは2007年ごろだったか、TwitterはユーザーがSMSからの短い投稿を「さえずる」だけではなく対話を求めていることを知り、@+アカウント名にリンクをつけるようになり、replyとして扱い始めた。私の知る限りだが、最も旧く、そして重要なユーザー/クライアント発のシステムの仕様への昇格だ。

この振る舞いを強化したのがサードパーティのクライアントアプリケーションだったことを忘れてはならない。@にfriendsへのリンクをつけたのも、タイムラインからreplyに相当するtweetを分離してタブにしたのも、Twitterより先にクライアントアプリケーションが行っていたことだ。

画像の表示だってそうだ。SMSを投稿するだけのTwitterに画像を表示する機能はなかった。iOSのクライアントが搭載したインラインのサムネイル表示やアプリ内での画像表示機能はTwitterのありかたを大きく変えた。NY沖に不時着した飛行機の写真を憶えているだろう?[blackbirdpie url=”https://twitter.com/jkrums/status/1121915133″]

クライアントの機能から昇格したものは@やreplyだけではない。RTが有名だ。TweetDeckなどのフル・クライアントで採用され始めたRTはボタン一つで「RT @t_trace:~~~」と引用でき、酷いものまで含めてTwitterのタイムラインに溢れかえった。Twitterは穏健な方法ではあるが、RTを仕様として取り込んだ。Twitter、初めてのReTweetを憶えているか?[blackbirdpie url=”https://twitter.com/ericrice/status/31669791″]

公開されたシンプルなAPIを用いてUXを拡張してきたクライアントアプリケーションがあったからこそ、Twitterのタイムラインには様々なメディアへのフックが溢れかえっている。

まだ、動画やストリームの最適な表示方法や投稿方法は生み出されていない。WaneloFabが追求している商品へのワンポップ・エンゲージメントもTwitterはまだ提供できていない。Twitter Cardsはそれらを解消できるだろうか? 一部は解消できるだろう。だが、WaneloやFabが要らなくなるような方法は、今のRules of the Roadからは出てこない。

TwitterがAPIのガイドライン強制を穏やかなものにしなければ、新たなソーシャル・コミュニケーションがTwitterを舞台に登場することは期待できない。確かに、2009年の後半ごろから、特にクライアント発の重要な機能は生み出されていない。だが、公式と同じUXを強制すれば、可能性すらなくなってしまうのだ。

Twitter、もう新たな提案は要らないと言えるのか?

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