Mac Fan連載

2015年の8月号から、Apple製品の専門誌、Mac Fanに “Tales of Bitten Apple” という連載を始めている。お話をいただいたときに思い出したのは、ログインに掲載されていた火浦功さんのショートショートだ。

いただいた紙面はA4の見開きで、PC、IT系の雑誌には珍しく縦書きだ。他のライターの面々(と、何よりもiPhoneのようなアルファベットを縦に組まなければならないグラフィックデザイナー)は苦労していると聞くが、小説は縦書きの方が馴染む。原稿用紙にして約9枚という長さは一般的なショートショートよりもすこし短く、情報量がどうしても多くなる私の作品にはかなり短い。だけどMac雑誌ならApple製品やIT用語をわかりやすく描く必要はないので、その部分で圧縮できる。よし、やってみようと思った次第。

毎話完結だが、偶数回、奇数回で共通した舞台と登場人物を用いることにした。奇数回の舞台は2025年ごろで、主人公は銀座のApple Storeでジーニアスとして働いていたハチヤさん。偶数回はほぼ現在が舞台で、怪しげなApple製品のトレーディングをやっているジャンボさんが主人公。いずれもモデルがいて、もちろん本人に了承をいただいている。現行の製品が懐かしいものになっている近未来のハチヤ編と、今どこかで活躍しているかもしれないApple製品を扱うジャンボ編という構成だ。この二つの線がどこかで交差するのかどうか、今はわからない。

イラストレーターは前職でもお世話になったデジタルノイズの灯夢さんにお願いすることになった。キャラクター小説の挿絵とは一味違った、絵本のようなイラストがとても好きだ。灯夢さんは、私が前職でプロモーションしていたArtRageを使ってくれている。もちろん書き味が良いからとのことだ。灯夢さんはカラーの原画をツイートしてくれる。白黒印刷の本誌でも空気を感じるのだけど、カラーはやはりすばらしい。今号掲載の第9話「光の描き方」はこちら。

一冊分が揃うのは来年の夏。専門誌ということで圧縮した分を展開し直さなければならないから、元になる原稿が揃った後すぐに書籍化とはいかないだろうけど、加筆も楽しみな作品群だ。

MacID

OS Xに切り替わってしばらくの頃に、USBストレージにKeyChainを移して運用するなんてことをやっていた(物理的なキーチェーン制御 )。悪くはない考え方だったとは思うが、抜き差しするたびにキーチェーンを解除しなければならないため、パスワードを入力する回数が増えてしまった。セキュリティを高めるためにパスワードの露出を増やしてしまうのでは本末転倒だ。そしてKeyChainがなくても多くのアプリケーションはキャッシュしたパスワードを使うことにも気づいて、結局パスワードで保護されたスリープが一番という結論に達した。

だが、スリープの解除に入力するパスワードには悩んでいた。オフィスの中ならいいがカフェでパスワードを入力するのは気がひける。肩越しに入力中のパスワードを盗むショルダーハック(英語だとshoulder surfingという)を防ぐために周囲を見渡せば「これからパスワードを入力しますよ」と言っているようなものだ。スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスやノートPCを盗む目的は、端末そのものの転売から情報の販売に変わりつつある。マスターパスワードがついた端末はID窃盗を生業とする人々にとって、店頭の新品よりも高い価値を持つはずだ。

なんでMacに指紋認証が搭載されないんだよ。iOSの指紋認証があるじゃないか。こいつでMacのスリープ解除ができればいいのに……と思っていたら、Facebookで友人が投稿してくれたのがMacID

Bluetoothを登録したiPhoneがMacに近づいたり遠ざかったりすることで、画面をロックしたり、ロック解除をしてくれたりする。パスワードを保存しているのがMac側で起動しているMacIDアプリケーションそのものだったりするなど、若干力ずくと感じる仕組みではあるけれど、負担のない自然な使いよさは心地いい。ユーザーに余計な負担をかけないことがセキュリティにとって大事なことだと教えてくれる。

OSのモーダルダイアログでユーザーのパスワードを入力しなければならない時にも、iPhoneでTouchID認証をすれば代わりに入力してくれるのが地味にありがたい。

考えながら書く人のためのScrivener入門

Scrivenerというアプリケーションで小説を書いていることは、幾度か対談やインタビュー、そしてセミナーなどでも紹介してきた。このブログにも二つほどエントリーを立てているが、すでに使い始めた頃のことを忘れてしまった私のブログ記事では、はじめて体験版を起動した時の不安を払拭できるわけもない。そんなわけで、この4年の間、いくつかエントリーを立てては消していた。どうすればこのツールが必要な人の手に渡るだろう。そんな悩みが解消する日がやってきた。Scrivenerを網羅的に紹介する書籍がBNN新社から発売されたからだ。

考えながら書く人のためのScrivener入門

「考えながら書く人のためのScrivener入門」は、ふんだんに画面イメージを用いた導入ガイドブックだ。インストールから初めてのプロジェクト作成、そしてコンパイルまで過不足なく説明してくれる。大型のタブレットで電子書籍を読む習慣があるならばフルカラーの電子書籍版を購入するのいいかもしれない。

私も何度か書いたことがあるが、サードパーティのガイドブックは開発元の発行するマニュアルよりも読みやすくなる。そうでなければ発行する意味もないのだが、製品のマニュアルには執筆に大きな制限があるからだ。最終的な機能がどのように実装されるかわからない開発中のソフトウェアを使う(時にはバグ報告が業務の大半を占めてしまう)ため、そして、ユーザーの幅を、ソフトウェアの仕様と販売の方針に従って最大限に広くとらなければならないためだ。

もしもScrivenerを買って、あるいは体験版をダウンロードして面白そうだと思ったならば、ぜひともBNN新社のガイドブックを手に取っていただきたい。Scrivenerは今までにもブログなどで紹介されてはいるが、日本語で書かれた初めての本だということもあるがストーリーがとてもシンプルだ。囲み記事で紹介される細かな機能などは普通に使っていては気づかないものが多く取り上げられている。巻頭に私のインタビューも掲載されていてKindleの無料お試し部分で確認することもできるが、巻末には、あとがきにかえて「考えながら書く人のためのScrivener入門」をどのようにScrivenerで書いたのかというコラムが掲載されている。こちらも必読だ。

ちなみにScrivenerには、PDFながら800ページにもわたるたいへん立派なユーザーガイドが用意されている。検索して項目を読むオンラインリファレンスをPDFに固めたものではなく、かつてPCやMac用のソフトウェアを買ったときに付属していた分厚い紙のマニュアルの系譜に連なるものだ。先頭から順を追って読んでいけば、確実に使えるようになる「本」だ。

4年前にはじめてそのPDFを読んだ時に、紙のパッケージで店頭売りする歴史を持たないScrivenerの開発陣がクラシックなマニュアルを作ったことへ、懐かしさとともに尊敬の念を抱いた。現在、オンラインでダウンロード販売するソフトウェアの多くが「本」のマニュアルではなく、ビデオチュートリアルでソフトウェアの使い方を説明している。Scrivenerも例外ではない。Scrivener Tutorial Videosには、基本的な考え方を紹介するビデオから、見落としがちな機能まで、多くのビデオチュートリアルが掲載されている。それでも彼らは800ページのマニュアルを書いた。

意外かもしれないが、「本」として読めるマニュアルはビデオチュートリアルよりもソフトウェア開発に負担をかける。動く画面を見せるビデオチュートリアルはソフトウェアが完成しなければ作れないのだが、逆に言えば開発中に制作するリソースを割かなくていいということでもある。ビデオチュートリアルはソフトが完成し、配布が始まってから徐々に増やしていけばいいのだ。そして画面が自動的に遷移していく映像では、それぞれの状態から派生する分岐を全て説明できないし、する必要がない。最後まで見せる工夫もそれほど要らない。画面に映し出される成果物がそのソフトウェアと機能の有効性をなによりも雄弁に物語るからだ。

だが紙と電子を問わず、インストール時に提供される「本」のマニュアルではそうはいかない。まず、読み続けられる偏らないストーリーが必要になる。特に小説や戯曲、脚本のようなフィクションから、論文、ジャーナル、そしてブログまで、およそまとまった文章を書くすべての人を対象としたScrivenerの顧客は幅広い。新規書類を立ち上げる時に選択するテンプレートで機能の意味するところも変わる。そして汎用のアプリケーションの多くがそうであるように、ユーザーは99%の機能を必要としない。下手に構成された「本」のマニュアルでは、ユーザーは自分と関係のない記述を延々と読まされる羽目になる。数万円のソフトウェアが飛ぶように売れた時代ならばスタッフの何名かが専門のライターとなって、開発の進捗に合わせて執筆していく方法もとれるだろうが、「高い」と言われるScrivenerでも価格はほんの5千円ほどだ。開発チームにそんな余力があるはずもない。Scrivenerのチームがそんな負担になるマニュアルを今でも作っているのは文書を書くためのソフトウェアの矜持からだろう。もしも英語が苦にならないならば、ぜひ目を通していただきたい。きっと発見があるはずだ。

日仏フォーラム「書籍とデジタル」に登壇

在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、国立国会図書館主催の日仏フォーラム 「書籍とデジタル」に登壇することになりました。セルフパブリッシングからデビューした作家という立ち位置で、第一セッションのデジタル時代における創作と読書:本の新しい形と新たな読書の形態とは?に登壇します。

セッションのメンバーは、パリ第8大学教授のティエリー・バッチノ氏、アーティストのジュリー・ステファン・チェン氏、小説家の平野啓一郎氏、インプレスR&D社長の井芹昌信氏。そして司会は朝日新聞社デジタル本部の林智彦氏です。

私からはデビューの経緯とセルフパブリッシングのある世界における出版社の意義、Web小説における文体の変化、そして「書籍から巻物へ」というあたりを話したいな、と考えているところですが、これだけのメンバーが集まった現場でストレートにいくとも思えません。きっと私の考えてもいない話題が飛び出すことでしょう。楽しみです。

先日、フォーラムを主催される主任とお話しさせていただいたのですが、この手の話題で必ず出てくる「紙と電子」が、読書体験に関する文脈のときは paper or glass というのですよね。日本でも「紙かガラスか」は流行ってほしいなあ。そもそも「電子書籍」を読むとき、電子を読んでいるわけでもないわけですし、もしもコンタクトレンズに投影される拡張現実に本を展開して読むようなことが増えてくればユーザー体験はガラス越しに読むPCやタッチデバイス、専用端末で読む「ガラス越しの読書」と大きく異なってくるわけですので。何よりpaper or glass は素材同士の対照になっているところがいい。質感も感じさせてくれます。いい言葉だと思います。

平日なので参加しにくい方もいらっしゃるでしょうが、お時間がありましたらぜひともご参加ください。他のセッションの具体的な内容はPDFでご覧いただけます。日仏併記が新鮮ですね。

オービタル・クラウド 文庫

発売から2年と2ヶ月を経て、ついに『オービタル・クラウド』の文庫が発売されることになりました。若干、通常のスケジュールよりも短いタイミングでの文庫化ではありますが、舞台となる2020年までの期間や、昨年の2つの受賞を考えるとよいタイミングでの文庫化だと思います。単行本で470ページあった物語は、上下巻に分かれます。上巻には用語解説が、そして下巻には大森望さんが解説を書いてくださいました。

『オービタル・クラウド』上巻『オービタル・クラウド』下巻 ハヤカワオンライン

新たに加わった下巻の表紙は、サマンサ・クリストフォレッティ飛行士によってISSから撮影されたイタリア半島。タイムラスプの一コマです。映像も美しいので是非ご覧ください。

Watch: Stunning timelapse of Earth at night from International Space Station

『オービタル・クラウド』は私の長編2作目なのですが、幸運なことに第35回日本SF大賞と
『SFが読みたい! 2015』ベストSF 2014での一位、そして第46回星雲賞の日本長編部門を受賞しました。すでに幾つかの国で翻訳も進められてもいます。本作で描いた宇宙への挑戦はそれらの国でどのように受け入れられることでしょう。今から楽しみです。

改稿にあたって、『オービタル・クラウド』を書いていた2013年の時点では予想していなかったことをどのように反映させるのかに悩みました。軌道上のホテル(しかも作中で描いたものと同じ膨張式)や、HTVでのテザー実証試験、そしてアメリカとイランの国交回復など、現実が追いついてきている部分は改稿で反映させている部分もありますが、ISILと、長引くシリア内戦、ヨーロッパを分断の危機に陥れている難民問題については改稿の範囲で挟むことを断念しました。これらの問題については、別の小説で描くときに自らに問いかけていきます。

まずは手に取りやすい形になった『オービタル・クラウド』を、ぜひお楽しみください。

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