縦書きと横書き

先週発売したSF小説「Gene Mapper」は可能な限り多くの環境で読んでもらうために、EPUB 3版に縦書きと横書き、両方のフォーマットを用意している。現在のところ、縦書きのEPUB 3をまともに読めるEPUBリーダーは、ChromeだとReadium、OS XだとMurasaki、iOSやAndroidだと今は日本で購入できないKobo.appやKinoppy、というところだろうか。AndroidにはHimawariがあるのだが、私が用意できるAndroid端末では縦書きに対応していなかった。

いくつもあるように見えるが、EPUBリーダーはただ電子書籍を読むためのアプリケーションではなく「リファレンス・リーダー」というエントリーでも書いたように、本棚を兼ねる統合環境だ。MurasakiやReadiumは開発者用のツールという側面が強いから除外するが、そのような視点で見たときに、現時点でそれなりにお勧めできるEPUB読書環境は、楽天IDを活用しているならば先日発売されたKobo touch、そして縦書きに対応していないiBooksだ。OS標準のEPUB環境は無視できない。

上のチャートはGene Mapperの各種ファイルのダウンロード比率だ。EPUBの縦書きと横書きがほぼ同数になっているが、縦書きをダウンロードしてiBooksに対応していないことに気付いてから横書きをダウンロードしているのを見ていたので、横書きのEPUBが最も多く読まれているフォーマットだろう。つまり、専用リーダーでなければほとんどの場合縦書きのEPUBは読めない状況なのだ。

これが予想できていたので「Gene Mapper」では縦書きと一緒に横書きのファイルも配布することにしたが、縦書きの原稿を横書きにレイアウトするだけでは、下のように極めて読みにくくなる。ここには登場しないが「二十一世紀」や「五〇%」「三二bit」など読めたものではないだろう。「21世紀」「50%」「32 bit」でなければならないし、等幅の行間隔も読みにくさの原因となる。

そこで、Gene Mapperの横書き版では標準EPUBビューワーのために、ひと手間かけることにした。縦書きと横書きで表示される文字を切り替える、そして切り替えるための文字は手で入力することにしたのだ。iPhoneで入力している文字原稿の段階で、ここに表示している部分は下のようにマークアップされている。

『|Linocalypse《ライノカリプス》の脅威、〔2038/二〇三八〕年問題!』という見出しが、ミルクの泡で溢《あふ》れそうなカップの向こうで揺れた。顔を上げるとスタイルのいい女性キャストが雑誌を満載したバスケットを掲《かか》げている。
「林田さん、お待ち合わせまで雑誌でもいかがですか?」
 表紙にはどれも|Linocalypse《ライノカリプス》特集の見出しが踊っている。確かコンピューターが日付けを扱えなくなるとかいう問題だ。〔2038/二〇三八〕年だったのか。バスケットの中から『〔Times World/タイムズ・ワールド〕』を取り上げ、特集の見出しを指差す。
「これ、流行ってるの?」
「ええ、来年早々ですからね。〔Times/タイムズ〕には例のインタビュー映像の他に、〔2000/二〇〇〇〕年代からサルベージされた動画も載《の》っています。お勧めですよ」

マークダウンは〔[横書き用]/[縦書き用]〕だ。このアイディアをtwitterで投稿したときに、数字だけなら自動変換も可能ではないか?と指摘されたが、2012年は二〇一二年だが3,000は三千になり、8月10日は八月一〇日、50%は五十%になるような変換をプログラムで行うのは危険きわまりない。また、「Times」を「タイムズ」に変換したり「30%」を「三割」にするようなことに対応できるはずもない。これは、作家の仕事だ(嘘です。編集者の仕事です)。

このようにしたことで「Times」は縦書きだと「タイムズ」になり、横倒しの英単語が頻出することも避けることができた。もともとは横書きのために行った作業なのだが、結果的に縦書きの読みやすさも向上させることができた。

また横書きの行間についても、一般的な日本語の組版では行われない段落後のマージンを導入した。英語の小説では一般的に行われているパラグラフのマージンだが、日本語の組版、特に小説ではほとんど目にすることがない。だが、これは横書きだと圧倒的に読みやすくなるのだ。下の組版を上の組版と比べてみてほしい。

ほんの少し、段落の間を開くだけでこんなに読みやすくなる。そして、読みやすい横書きを手に入れたときに、もう一つ気付いたことがあった。

現代の日本語は、恐らく、縦書きに向いていない。多くのカタカナと数字、時に英単語を含む日本語は縦書きに向いていない。「32ビット(32は縦中横)」が縦書きとしてまともかどうか……悩ましいことばかりだ。KinoppyやKobo、Murasaki、Readiumは本当に美しい日本語の縦書きをレンダリングしてくれる。だが、その縦書きは現代の日本語を表すのに向いているのだろうか。

Gene Mapperを手にすることがあれば(今なら300円、ユーザー登録なしに、下のリンクから今すぐ購入して読み始められますよ)、是非、横書きのEPUBでも読んでみてほしい。アホらしいほど手間がかかってしまったが、やってよかったと思っている。そして、上のテリブルなマークダウンを校正してくれた柏井さん、本当にありがとう!

Gene Mapper

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